食べることへの考え方。
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育てて食べる
対等=いのちの大きさはみな同じ
循環
理論としてだけでなく感情面で受け入れること
そこを体感して学ぶ。
感じる。
そこにこれからの農の道があるのでは。
農家だからできること、農家でないとできないこと。
障害のある人、お年寄り、子ども、親子…
それぞれに特化した場があっていい。
そんな農家を10組作ることを目指す。
***********↑どろんこ村にて聞いた言葉たち(私の解釈)*********
子育て、野菜育て、米育て、豚(肉)育て、鶏(肉)育て…
いのちの大きさはみな同じ。
その現実を知った上でお肉を食べないとかそういう選択をしていく。
動物性タンパク質は身体には必要ないから…
とかそういう理論だけでなく、現実を感じてからの選択。
野菜だって雑穀だって動物だって同じ命。
菜食も肉食も同じ??
命をいただくおもみは同じだよね。
日本人の体の消化能力を考えたときに菜食が合うのか。
健康維持にはつぶつぶ雑穀食もいい。
養生にはマクロビ??
根本にはいのちを育てて食べるがあって、体には負担がかかるけどちょっと特別に野菜とはまた違ったおいしいを味わうためにお肉をいただくときがあってもいい。
そんな風に思う。
いのちを育てて食べるってなかなか目に見えにくくなってるところ。
スーパーに並んでいる野菜やお肉からそこまでは見えにくい。
見ようとしていないというのもあるよね。
見なくても済んでしまう。
お金を払えば手に入れられる。
無農薬無化学肥料だからいい!
有機栽培だからいい!
自然農だからいい!
もちろんそうだと思うけど、判断基準はそれだけじゃないよね。
ラベル…響きがいいなぁってなんとなくそちらへ流れてしまいがちだったけど、
もっと深いところというか単純なところというか…。
いのちに対する畏敬の念ですか。
農薬や化学肥料を使った野菜ももちろんいのちの大きさはみな同じ。
お肉だってね。
お砂糖だってね。
一概に敵視しちゃいけないよね。
言葉の世界、理論の世界で平たく考えるのではなく、
すべては対等だということを感じて他者のいのちをいただいて生かされているという立体的かつ複雑な現実があること忘れないように日々の営みを生きていきたい。
そしてそこから溢れる感謝と愛。
そんなことを今日はどろんこ村で話を聞いて思いました。
今の私の食に対する考えです。
どろんこ村は日々進化していますね。
動いている。
巨大な巨大な熱き想い。
うねうねうねと。
やっぱり好きだなぁ。
こういうこと感じたい方は愛知県渥美半島の渥美どろんこ村へ遊びに来てください♪
そんないのちの循環を伝えていきたいという新規就農目指す方とか。
本当は赤ちゃんからお年寄りまでどんな人でも感じてもらいたい。
きっといろんな意味で刺激をもらえると思います。
ツアーとか組んじゃう?!
ちょっと遠いけど…。
でもゆっくり来ても高速で4時間、下道1時間の計5時間くらいか。笑
ではでは。